イラストレーター・玉川桜さんが描く『GOOD NEIGHBORS』の世界
2026.9.1 up text/菊地詩乃 photo/鈴木萌 design/コグレー珠里

2025年10月から約半年間、SNSで連載していた4コマ漫画『GOOD NEIGHBORS』。連載終了に伴い、ondoギャラリーでの展示開催とあわせてondoより一冊の冊子として発行いたしました。普段の油絵などによる作品表現とは別軸として、「誰もが親しみやすい漫画」というアプローチで広く届けていきたいという想いから、お互いに相談を重ねて形にしていったプロジェクトです。
改めて、この連載が始まったきっかけや制作中のエピソード、作品への想いなどについて、近況を交えつつ、玉川さんとお話しした内容をお届けします。
◾️北海道での暮らしと、近況について
―― 2021年に長年活動された東京を離れ、故郷である北海道に活動拠点を移されてから、今年で丸5年を迎えられましたね。当時はどういうきっかけで移住を決めたんですか?
玉川さん:当時、どうしても地元に戻りたいという強い気持ちがあったわけではないんです。ちょうどコロナ禍に入ったタイミングで、完全に家に引きこもって仕事をしていたので、「東京に住まなくても、どこでも活動できるんじゃないかな」と、ふと思ったのがきっかけでした。
―― 実際に移ってみて、制作の環境はどうですか?
玉川さん:今は広いスペースがあるので、のびのびと制作できるという点では、環境はすごく良いなと感じています。こっちに来てから油絵にしっかり取り組めるようになったり、ラグの制作を始めたりもしました。ただ、現地でのつながりや展示はまだほとんどない状態なので、そういう場所は、これから作っていけたらいいなと思っています。
―― 環境が変わったことで、作品や活動への影響はありましたか?
玉川さん:北海道に行ってからのほうが、展示のお話が増えた気がします。ただ、インプットの面には少し課題を感じていて。東京にいた頃も忙しくて展示を見に行けなかったりしたのですが、離れると、やっぱり恋しくなることもありますね。そもそも日々の制作に追われてインプットが足りていないというか。出涸らし感が出ないように気をつけないといけないなと感じることもあります。
―― 制作とインプットのバランスは難しいですよね。
玉川さん:本当はもっと映画を観たり展示に行ったりして、自分の中に溜めていかないといけないなと思っています。なので、これからはスケジュールの入れ方を工夫しながら、アウトプットとインプットのバランスをうまく取っていきたいと考えています。

◾️はじめての漫画連載。描きながら広がっていった世界
―― ここからは、今回の4コマ漫画『GOOD NEIGHBORS』の取り組みについて聞かせてください。普段は油彩などの作品表現がメインの玉川さんですが、今回「漫画」という形式に挑戦してみていかがでしたか?
玉川さん:小さい頃は『りぼん』っ子で、ずっと少女漫画家になりたいと思っていました。当時は、よく漫画の表紙を自分で描いたりしていましたね。ストーリーをちゃんと完結させたことはほぼないのですが、描くのが楽しくて、中学生くらいまではずっと描いていた記憶があります。いつの間にか描かなくなってしまったのですが、「また漫画を描いてみたい」という憧れはずっと残っていました。なので、今回のお話はすごく嬉しかったです。
―― 長年の憧れだったのですね。今回の連載にあたって、核となるテーマやストーリーはあらかじめ設定されていたのでしょうか?
玉川さん:最初にondoさんからご提案をいただいた段階で、方向性としては大きく「ガチガチに固めずに自由に描いていく形」と「連載のストーリー漫画として描く形」の二つがありました。ストーリー漫画にも憧れはあったのですが、自分で一から組み立てるのはやっぱり難しそうだなと思い…。それよりも、自分が普段絵で描いている世界観の中で、キャラクターたちを気軽に遊ばせるようなイメージのほうが、すんなりスタートできそうだなと思いました。
―― まずは玉川さんのいつもの世界観の延長線上で、自由に動かしてみようと思ったのですね。
玉川さん:そうですね。なので、最初に「こういうことを伝えたい」という明確なメッセージがあったわけではないんです。メインになるキャラクターだけをざっくりと決めて、あとはその時々に、なんとなく思いつくお話をぽつぽつと描いていきました。でも、そうやって描いているうちに、キャラクターたちの設定が後からだんだんと生まれてきた気がします。「あ、この子たちはこういう環境で暮らしているんだな」とか。あらかじめ決めていたわけではないのに、彼らの世界が勝手に広がっていきました。結果的に、自分が普段制作している世界観にすごく近くて、自分の中から自然に出てくるものだけで構成された作品になったと思っています。
―― コマを割って物語を展開していく漫画は、普段描かれている一枚絵(油絵など)とは制作の工程が大きく異なると思います。向き合う時の脳や手の使い方、あるいは楽しさや難しさの面で、どのような発見がありましたか?
玉川さん:漫画には時間の流れがある、という点で一枚絵とは全然違いましたね。白い紙にコマを割ったその瞬間、そこに時間が生まれる。基本的には4コマの中でちゃんとオチをつけたいと思っていたので、その結末に向けて起承転結を組み立てていく感覚は、一枚絵の制作にはない特有の難しさがあり、新鮮な楽しさでもありました。
―― 一枚絵を描くときの思考は、また別のところにあるのでしょうか。
玉川さん:一枚絵の制作は、常に実験をしている感覚があります。普段描いている生きものたちは登場させるのですが、構図や色など、さまざまな要素で常に模索していて。描いているプロセスの途中で何かを発見したいし、自分の中で引っかかりを見つけたい、と思って試行錯誤しています。一方で「手癖で描いてしまうのを避けたい」と実験を重ねることは、もしかしたら自分だけのエゴなんじゃないか…と思うこともあります。それが果たして見てくれる人に求められているのか、自分では分からないんですよね。
―― 作家としてのリアルな葛藤ですね。見てくれる人の存在は、常に意識されているのでしょうか。
玉川さん:もちろん、見てくれる人に楽しんでもらえたらいいなと祈りつつ描いていますが、私自身、作家さんの実験的な作品を観るのが好きなので、自己表現を追求したい気持ちと、独りよがりにならずに届けたいという気持ちのバランスは、大事にしたいと感じています。
―― そうした思いもある中で、今回の漫画制作はどのような経験になりましたか?
玉川さん:そういう意味では、今回の漫画制作は私にとって新たな扉が開いたと思えるくらい、大きな経験でした。自分の普段描いている世界の延長線上ではあるんだけど、表現としてはまったく別物で、それを形にできたという事実自体が、自分のなかで自信になりました。
無理に周囲の好みに合わせにいったわけではなくて、自分の中から自然に出てきた表現が、漫画という手法を通したことで、結果的にみんなに受け入れられやすい、届きやすい形になってくれた気がします。
―― たしかに、漫画という表現はお客さんにとっても親しみやすい間口になりますよね。
玉川さん:そうですね。作品と見てくれる人との間の橋渡しになってくれた気がします。普段の一枚絵もけっして高尚なものとして描いているわけではないのですが、漫画をきっかけに私の世界に入ってもらえたら嬉しいですし、純粋に「もっとたくさんの人に読んでもらいたいな」という前向きな気持ちが、新しく芽生えた取り組みでした。

◾️孤独だけど孤独じゃない。絶妙な距離感で、みんながそこにいる
―― ここからは、漫画『GOOD NEIGHBORS』の中身について、もう少し深掘りさせてください。今作には魅力的なキャラクターがたくさん登場しますが、主に登場する「カエル」の設定や、彼らに込めた思いについて教えていただけますか?
玉川さん:カエルを主な登場キャラクターにしたのは、連載の準備段階でondoさんと「玉川さんの絵って、そもそもカエルがよく出てきますよね」というやり取りをしたのがきっかけです。昔、カエルを主人公にしたお話を作ったことがあったのも思い出したりして。ただ、今回のカエルは「しゃべらない」という設定にしました。その方が、色々なことを表現できるんじゃないかなと思いました。
―― しゃべらないからこそ、読者が想像できる余地が生まれますよね。
玉川さん:そうですね。日本語がわからない海外の方でも読めるようにしたかった、というのもあります。あと、描いていくうちにわかってきたことではあるのですが、カエルは働いていなくて、ミミズと同居しています。一方で、カエルと同じくらいの頻度で登場する犬は、しゃべるし、バイトもしている苦労人なんです(笑)。実は今後出していきたい裏設定なんかもあったりします。
―― 働いていないカエルと、バイトもしている苦労人の犬。キャラクターたちの関係性や距離感がとても絶妙で、そこが『GOOD NEIGHBORS』の魅力でもあるように感じています。
玉川さん:漫画でも普段の一枚絵でも、キャラクターを描いていくと、自然とその子たちの関係性みたいなものができてくる気がしています。そのときに、私はいつも「付かず離れずな部分」を大事にしています。これは私自身の話でもあるのですが、「人と深い関係になるのが難しい」と感じるときがあって、もしかしたらそういう一面が、彼らの絶妙な距離感にそのまま表れているのかもしれません。
―― 玉川さん自身のリアルな感覚が、作品の空気感にも繋がっているのですね。
玉川さん:そうですね。彼らには彼らの日々の暮らしがずっとあって、この4コマ漫画という形は、その生活のどこか一瞬に、たまたまカメラがフォーカスを当ててクローズアップしただけ、という感覚です。どこかで本当に彼らが暮らしているような、そんな風に感じてもらえる世界になっていたらいいなと思います。
―― 玉川さんの作品には、動物や虫、植物、さらには食べ物や本来は命のない無生物まで、本当に多様な生きものたちが登場しますよね。姿形も全く違うし、性別もわからない。現実世界では接点がなさそうな者同士が、同じ世界線で違和感なく、むしろとても心地よさそうに共存しているのが印象的です。玉川さんには、普段それらのモチーフがどう見えているのでしょうか?
玉川さん:むずかしいけど、とても大切な部分ですね……。イマジナリーフレンドのような存在を描いている延長線のような気もするのですが……。アニミズム的なはっきりとした考えがあるわけではないのですが、でも、そういう無生物的なものにも命が宿る世界に、どこか憧れがあるような気もしています。寂しいけど寂しくない、孤独だけど孤独じゃない…。絶妙な距離感を保ちながら、でもみんながそこにいる、という感覚かもしれません。
――「孤独だけど孤独じゃない」、すごくしっくりきます。普段からそういった存在に意識が向くことが多いのでしょうか。
玉川さん:そうですね。小さいもの、弱いもの、普段見過ごしてしまいがちなものに目を向けていたいという考え方がベースにあるのだと思います。それが、小さな生きものたちや現実では非生物である存在を命あるものとして好んで描くことに繋がっているのかも、と思いました。ただ、それは「そういう弱いものたちを私が救いたい」ということではなく。
―― 「救う」というのとは少し違うニュアンスなんですね。
玉川さん:救うというよりは、この世界に平等に存在しているものとして認識したい、という気持ちです。大きいものも小さいものも、生きているものもそうでないものも、みんなフラットな存在としてそこにいてほしい。これは、さっきお話ししたキャラクター同士の「付かず離れずの関係性」にも、すごく繋がってくる部分だなと思います。
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展示作品として、陶芸で表現されたカエルと犬。陶芸、平面、漫画と多彩な表現が魅力的です。 -
動物や虫、植物、さらには食べ物や本来は命のない無生物まで、多様な生きものたちが登場します。 -
大きいものも小さいものも、生きているものもそうでないものも、フラットな存在として描かれています。 -
展示では、油絵作品に立体作品、グッズに至るまで『GOOD NEIGHBORS』の世界がギャラリー空間に広がりました。
◾️作家活動、そして『GOOD NEIGHBORS』のこれから
―― 今回の漫画制作や冊子の発行を経て、玉川さんのなかで新しい表現の扉が開いたのが伝わってきました。最後に、これからの作家活動の展望や、今後も続いていく漫画への意気込みについて教えてください。
玉川さん:まずは、目の前に控えている展示やこれからの予定に向けて、全力で準備を進めていきたいなと思っています。その中で、インプットの時間もうまく作りながら、もっと色々な表現を模索できる時間を増やしていきたいです。
漫画『GOOD NEIGHBORS』に関しても、各地でのPOP-UPなどを予定しています。そして、新たに連載も再開予定です。引き続き、大事に続けていきますので、ぜひみなさんに楽しんでいただけたら嬉しいです。
―― これからさらに彼らの世界が広がっていくのが、今からとても楽しみです。
玉川:そうですね。たくさんお話を描いていくと、必然的に彼らの世界もどんどん広がっていくのかなと思っています。ただ、その分「前のお話と整合性が合わないな…?」みたいなことが出てくる可能性もあるので、そこは少し気を付けていかないといけませんね(笑)。あらかじめガチガチに設定を決めて始めたわけではないからこそ、続きを描いていくことによって、私自身も彼らの暮らす世界を、少しずつ形作っていけたらいいなと思っています。これからも、温かく見守っていただけたら嬉しいです。
●漫画冊子『GOOD NEIGHBORS』
イラストレーター・玉川桜さんの漫画『GOOD NEIGHBORS』を一冊の冊子にまとめました。冊子化にあたり、SNSにて連載・発表していた全20話を収録。さらに、描き下ろしの新作1話とおまけのお話も追加いたしました。穏やかな日常の中で繰り広げられる、思わずクスッと笑ってしまうような物語を、ぜひお楽しみください。
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(仕様)40P/サイズ:W10.5mm× H22.5mm
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発行日:2026年4月17日
著者:玉川桜/発行者:池田敦(ondo)/ブックデザイン:阪口玄信(ondoデザイン室)